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15.12.29

【コラム】ボッティチェリの描く「美女」像

ボッティチェリの魅力のひとつは、描き出す女性像の美しさです。
数々の美術書の出版に携わってきた、小学館出版局文化事業室の高橋建編集長が
本展のためにコラムを寄せてくださいました。テーマはズバリ、「ボッティチェリの描く美女とは」。


 

「美しきシモネッタ」は、
イタリア・ルネサンスの「理想の美女」!

 

「おしゃれ」な聖母

本展に出品されている《聖母子(書物の聖母)》に描かれた聖母マリアには、大きな特徴があります。それは、とても「おしゃれ」だということです。

頭上に輝く光輪は、単なる光の輪ではなく、フィレンツェの名高い金細工のように精妙かつ華麗な意匠で描かれています。また、本来ならば青いヴェールで覆い隠 すべきはずの頭部には金髪が豊かに輝き、しかもよく観ると、当時の流行を反映して繊細かつ複雑に編み込まれています。さらに、透明なヴェールには細やかな 金の縁取りが施され、青い上着の襟や袖、肩には金で文様が織り込まれています。

madonna

「現世(現実の世界)」を神から見放された堕落した世界として否定的にとらえていた中世キリスト教社会であれば、このような「おしゃれ」は「虚栄」として非難 された特徴です。しかしルネサンスにおいて人々は、旧約聖書に「神は自分の姿に似せて人を創った」とあることから、自分たちが生きる「現世」を「神の世 界」の似姿として肯定的にとらえるようになりました。そのため、「現世」における「美しさ」もまた、「虚栄」ではなく「神の世界の美」に通じるものとして とらえるようになり、むしろ積極的に追求するようになったのです。

そのため、やはり本展に出品されている《ラーマ家の東方三博士の礼拝》に 描かれている聖母や、他の画家の出品作に描かれた聖母たちの多くも、「おしゃれ」に描かれています。会場でそれぞれの作品の細部を間近に観ていくことに よって、それらを単なる宗教画としてだけではなく、当時最先端のファッション感覚が反映された作品として鑑賞することができるというのも、本展の大きな魅力です。

 

「美人論」の時代

この「現世における美しさ」という点で、ルネサンスの時代のイタリアにおいて注目すべき出来事に、「美人論」つまり「美人であるための身体的条件とはなにか?」を大まじめに論じた書物の大流行があります。

これは、人の身体を罪深いもの、恥ずべき卑しいものとみなし、身体的特徴について人前で論じることがタブーとされた中世キリスト教社会では考えられなかった 出来事です。そこには、「神に似せて創られた人間」こそが世界の中心であるとする「人間中心主義」に基づくルネサンスの精神と価値観のありようが如実に表 されていると言えるでしょう。

それらの書物では「美人の条件」が、「額は広く高く輝く」とか、「眉は上質の絹のように繊細で、中央から両端に向かって細く」「唇は小ぶりで鮮やかな紅、上 下が等しく優美に閉じている」・・・といった具合に細かく具体的に、身体のパーツごとに全身にわたって論じられています。

イタリア・ルネサンスの画家たちが描いた女性像には、それが現実の女性の肖像であれ聖母像や女神像であれ、「美人論」が多かれ少なかれ影響していると考えら れます。そのため、もしも本展に展示されている作品に描かれた女性たちの姿に、何となく共通した傾向が見受けられるとしても、それは決して錯覚などではな いのです。絵画は画家が生み出したものであると同時に、その画家が生きた時代によって生み出されたものでもあります。つまり、同じ時代に描かれた作品に は、共通した「時代の空気」のようなものがこめられているのです。展覧会場でそんな「時代の空気」を感じるのも、「実物」を観る醍醐味のひとつです。

 

「永遠の美女」シモネッタ

そして、「美人論」をまさに具現したような存在が、ボッティチェリが活躍した時代のフィレンツェで「当代一の美女」と評され、多くの画家がその肖像を描いた シモネッタ・ヴェスプッチ(1453~76)でした。彼女が23歳の若さで夭逝した際には、フィレンツェ中の鐘が一斉に鳴り響いたと言われています。

 

ボッティチェリもシモネッタの肖像を何点か描いています。そのひとつが本展に出品されている《美しきシモネッタの肖像》であり、もうひとつが『イタリア・ルネサンス美女画集』(小学館刊)のカバーに掲載した《シモネッタ・ヴェスプッチ》です。両作ともに、彼女の美貌を讃えて理想化するかのように、《書物の聖母》以上に複雑で洗練されたスタイルに髪を編み込み、豪華で巧緻なレースや刺繍、宝 飾品などによって荘厳した姿でシモネッタを描いています。ある意味でモデルの顔立ち以上に、髪や刺繍、宝飾品の表現にこそ、ボッティチェリの画家としての 才能と力量が存分に発揮されていると言ってもよいくらいです。《書物の聖母》などと同様に、ここでもまた作品の美は、その細部に宿っているのです。実際に 会場にて、御自身の目で確認してみてください。

ところで当時、多くの画家たちが「理想の女性像」として、しばしばシモネッタをモデルに女神や聖母を描きましたが、ボッティチェリもそのひとりだったようです。彼の代表作であるばかりでなく、イタリア・ルネサンス絵画を代表する《ヴィーナスの誕生》(下の写真上段)《ラ・プリマヴェーラ(春)》(同下段)に描かれているヴィーナスはともに、シモネッタをモデルとして描かれたとも言われています。

 
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日本に《ラ・プリマヴェーラ(春)》や《ヴィーナスの誕生》が来ることは、まずかなわぬ話でしょう。しかし本展では、それらの原型となった女性像やそのいわ ば「姉妹作」とでも呼べる作品の数々を通して、ボッティチェリ芸術の神髄やイタリア・ルネサンス絵画の精華を味わうという、貴重な鑑賞体験を堪能すること ができるのです。

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ボッティチェリが描いたシモネッタの肖像画は、以上で見てきましたように、イタリア・ルネサンスの本質的な特徴を体現していると言っても過言ではない素晴らし い作品です。『イタリア・ルネサンス美女画集』のカバーに、レオナルド・ダ・ヴィンチでもミケランジェロでもなく、ボッティチェリの《シモネッタ・ヴェス プッチ》を選んだ理由は、まさにそこにあるのです。


高橋 建(タカハシ タツル)

小学館出版局文化事業室編集長。これまで手がけた美術書に『世界美術大全集』『印象派美術館』『西洋絵画の巨匠 全12巻』『「ゴッホの夢」美術館――ポスト印象派の時代と日本』『藤田嗣治画集 全3冊』など。

ボッティチェリの作品をはじめイタリア・ルネサンス絵画の名作を「美人論」の観点からまとめた画集『イタリア・ルネサンス美女画集――巨匠たちが描いた「女性の時代」』が発売中。本展特設ショップでも販売予定。

 


《聖母子(書物の聖 母)》(部分)ミラノ、ポルディ・ペッツォーリ美術館蔵 © Milano, Museo Poldi Pezzoli, Foto Malcangi
《美しきシモネッタの肖像》(部分)丸紅株式会社蔵 © Marubeni Corporation
《ラ・プリマヴェーラ(春)》《ヴィーナスの誕生》はWikimedia Commonsより