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ボッティチェリ展担当者のボッチなつぶやき

書物の聖母サムネイル

聖母子像の傑作 《聖母子(書物の聖母)》

幼子イエスを膝に抱く聖母が、優雅で安定した構図におさめられている。幼子は首を大きくひねり、愛らしい表情で聖母を仰ぎ見ている。聖母子の光輪や髪、聖母の衣服に施された刺繍、開いた書物などに、きわめて緻密な描写がみてとれる。作品の依頼主や設置場所は明らかでないが、金箔やラピスラズリなど、高価な素材が多用されていることから、重要な注文による制作であったことがうかがえる。代表作《ヴィーナスの誕生》と同じ1480年代前半に位置づけられる、ボッティチェリ円熟期の技量が光る傑作である。
1482-83年頃 テンペラ、板 ミラノ、ポルディ・ペッツォーリ美術館蔵
© Milano, Museo Poldi Pezzoli, Foto Malcangi

美しきシモネッタの肖像 サムネイル

フィレンツェで一番の美女 《美しきシモネッタの肖像》

波打つ豊かな金髪が目を引く美しい女性が、窓を背景に、横向きに描かれている。後ろ髪は凝った髪型にまとめられ、頭部と首元には、宝石を連ねた飾りが光る。女性は、レースの施された桃色の衣服の上に、古代風のマントをまとっている。ボッティチェリは多くの肖像画を残しており、その数と質からも、当時人気の画家であったことがわかる。本作品は、日本にある唯一の貴重なボッティチェリ作品である。
描かれた美しい女性のモデルは、フィレンツェ一の美女と謳われたシモネッタ・ヴェスプッチとされる。1454年にジェノヴァの富商の娘として生まれたシモネッタは、1468年にフィレンツェにおいて、アメリカ大陸を発見したアメリゴ・ヴェスプッチの従兄弟にあたるマルコ・ヴェスプッチと結婚した。その美貌から、当時の芸術家や文学者、知識人たちの称讃の的となり、理想的な美の化身として絵画や詩に取り上げられた。 1480-85年頃 油彩、テンペラ、板 丸紅株式会社蔵
© Marubeni Corporation

ラーマ家の東方三博士の礼拝 サムネイル

メディチ家とボッティチェリ 《ラーマ家の東方三博士の礼拝》

ユダヤの王をさがして東方からやって来た三博士(マギ)たちは、黄金、乳香、没薬を携え、イエスの誕生を祝福した。ボッティチェリは生涯にわたりこの主題の絵画をいくつか手掛けたが、本作品はもっとも名高いものである。奥に向かって傾斜する地面に多数の人物が巧みに配され、ピラミッド型の構図の一番高いところに位置する聖母子に、見る者の視線は誘導される。
この作品は、両替商組合の仲買人であったガスパーレ・ディ・ザノービ・デル・ラーマという人物からの注文で制作され、もともとはフィレンツェのサンタ・マリア・ノヴェッラ聖堂に置かれていた。さまざまな顔の角度で描かれた群衆の何人かは、メディチ家の人々の肖像であるとされる。注文主ラーマは、メディチ家に寵愛された画家ボッティチェリに制作を依頼し、画中に時の権力者の肖像を描き込ませることで、彼自身のステイタスを示そうとしたのである。
1475-76年頃 テンペラ、板 フィレンツェ、ウフィツィ美術館蔵
Gabinetto Fotografico del Polo Museale Regionale della Toscana. Su concessione del MiBACT. Divieto di ulteriori riproduzioni o duplicazioni con qualsiasi mezzo

書物の聖母

憂いを帯びた表情

聖母はうつむき、伏し目がちにイエスを見つめている。物思いにふけるような、憂いを帯びた表情は、わが子に運命づけられた受難を予知してのことであろう。頭部から膝にまで垂れる薄いヴェールの描写や、聖母の華奢で美しい顔立ちは、師のフィリッポ・リッピから引き継いだ表現である。

幼子の愛らしさ

幼子イエスは懸命に振り返り、聖母をしっかりと仰ぎ見ている。動きのある身振りと視線によって、見る者に安らぎを与えるような母子の親密さが表わされている。綿密に練られたイエスの顔の比率、額や頬の丸み、無邪気な口元の表現によっても、幼児らしさが強調されている。

繊細な描写、装飾性

聖母の左肩には、ビザンティン美術に由来し、聖母を象徴する「海の星」と光線が、金箔を用いて表わされている。濃紺のマントに透明なヴェールの結び目が重なり、繊細な線描と高価な素材の輝きが際立ってみえる。描写の細やかさと、植物や幾何学文様を用いた装飾性は、ボッティチェリ作品の魅力のひとつである。

受難具

イエスは左手に三本の小さな釘を持ち、腕には茨の冠を通している。これらは、イエスが磔刑に処せられるまでの受難の途上で用いられた道具であり、幼子の運命を暗示する。金箔が施されたこれらの受難具は、見る者の信仰心を高め、かつ画面に装飾性をもたらす要素となっている。

静物にも注目

豪華なクッションの上に置かれた書物は時禱書で、開かれたページには「イザヤ書」からの文句が記されている。奥のマヨリカ陶器の鉢には、サクランボ、プラム、イチジクなどが盛られ、それぞれキリスト教的な概念を暗示している。

美しきシモネッタの肖像

芸術の女神

広い額に理知的な瞳、筋の通った鼻、愛らしい口元をしたきわめて魅力的な横顔。シモネッタの美と優雅さは、メディチ家の人々をも魅了した。ジュリアーノ・デ・メディチは、1475年の馬上槍試合で見事に勝利し、シモネッタから冠をさずかった。この伝説的な情景と二人の清らかな愛、そしてシモネッタの美しさは、詩人ポリツィアーノの八行詩『スタンツェ』の題材となった。ボッティチェリもまた、彼女への憧れを原動力に《春》や《ヴィーナスの誕生》を描いたともいわれる。

横顔の肖像

ルネサンス初期には、貴婦人の横顔の肖像画は、その女性の結婚を記念するために描かれ、相手の家に贈られることもあった。本作品が描かれた15世紀後半には、正面観や4分の3面観の肖像形式が主流となり、横顔の肖像はすでに時代遅れのものとなっていた。ボッティチェリがここで伝統的な形式を採用したのは、女性の顔立ちの美しさを描き出すとともに、豪華な衣服や装飾品、華やかな髪型を効果的にアピールすることによって、彼女が花嫁にふさわしい、高貴な身分であることを示そうとしたのではないか。

複雑な髪型

女性は豊かな金髪を額の真ん中で分け、顔の両側に垂らしている。後ろ髪は青いボンネットにまとめ、その周りに編んだ髪と宝石を巻きつけている。さらに背中に沿って、腰まで届く編んだ髪を垂らしている。当時の習慣では、結婚した女性は髪を垂らしたままでいることが許されなかった。だがモデルとされるシモネッタは結婚していた。ボッティチェリは慣例に捉われない髪型を取り入れることによって、シモネッタに基づく美のイメージをより女性らしく、艶やかに描き出したのであろう。

衣服の襞、レース、アクセサリー

衣服に細かく刻まれた襞(ルビ:ひだ)は、ボッティチェリがフィリッポ・リッピから学んだ特徴的な表現である。襞を寄せ、布地に立体感をつけることによって、衣服の軽やかさと女性らしさが強調されている。襟ぐりと袖には、繊細なレースが丁寧に施されている。首飾りの真珠は、ルネサンス期には花嫁の象徴とされ、ルビーは花嫁の健康と繁栄を、エメラルドは貞節、幸運などを表わすとされた。このように高価な宝石をあしらった首飾りは、女性の裕福な家柄を表わすとともに、反射や質感を描き出す画家の技量を示すモティーフともなっている。

ラーマ家の東方三博士の礼拝

老年の博士

聖母子の前に跪く老年の博士は、15世紀前半にメディチ家の全盛時代を築いたコジモ・デ・メディチ(イル・ヴェッキオ)とされる。

ロレンツォか、ジュリアーノか

剣を持ち、勇ましく胸を張る男性は、ピエロ・デ・メディチの長男ロレンツォ・イル・マニフィコか、次男のジュリアーノの肖像とされる。

注文主ラーマ

画面の右側で自らを指さしている青い衣服の男性は、注文主であるラーマの肖像とされる。

壮年、青年の博士たち

赤いガウンの博士はコジモの長男ピエロ・デ・メディチ、その横の白衣の博士は次男ジョヴァンニ・デ・メディチとされる。

黒衣の男性

思慮深くうつむく黒髪の男性は、ピエロ・デ・メディチの長男ロレンツォ・イル・マニフィコか、次男のジュリアーノの肖像とされる。

画家の自画像

ただ一人こちらに目を向ける男性は、ボッティチェリ自身とされる。 颯爽たるポーズと自信に満ちた表情に、画家の心意気があらわれている。

書物の聖母

聖母子像の傑作 《聖母子(書物の聖母)》

幼子イエスを膝に抱く聖母が、優雅で安定した構図におさめられている。幼子は首を大きくひねり、愛らしい表情で聖母を仰ぎ見ている。聖母子の光輪や髪、聖母の衣服に施された刺繍、開いた書物などに、きわめて緻密な描写がみてとれる。作品の依頼主や設置場所は明らかでないが、金箔やラピスラズリなど、高価な素材が多用されていることから、重要な注文による制作であったことがうかがえる。代表作《ヴィーナスの誕生》と同じ1480年代前半に位置づけられる、ボッティチェリ円熟期の技量が光る傑作である。
1482-83年頃 テンペラ、板 ミラノ、ポルディ・ペッツォーリ美術館蔵
© Milano, Museo Poldi Pezzoli, Foto Malcangi

憂いを帯びた表情

憂いを帯びた表情

聖母はうつむき、伏し目がちにイエスを見つめている。物思いにふけるような、憂いを帯びた表情は、わが子に運命づけられた受難を予知してのことであろう。頭部から膝にまで垂れる薄いヴェールの描写や、聖母の華奢で美しい顔立ちは、師のフィリッポ・リッピから引き継いだ表現である。

幼子の愛らしさ

幼子の愛らしさ

幼子イエスは懸命に振り返り、聖母をしっかりと仰ぎ見ている。動きのある身振りと視線によって、見る者に安らぎを与えるような母子の親密さが表わされている。綿密に練られたイエスの顔の比率、額や頬の丸み、無邪気な口元の表現によっても、幼児らしさが強調されている。

繊細な描写、装飾性

繊細な描写、装飾性

聖母の左肩には、ビザンティン美術に由来し、聖母を象徴する「海の星」と光線が、金箔を用いて表わされている。濃紺のマントに透明なヴェールの結び目が重なり、繊細な線描と高価な素材の輝きが際立ってみえる。描写の細やかさと、植物や幾何学文様を用いた装飾性は、ボッティチェリ作品の魅力のひとつである。

受難具

受難具

イエスは左手に三本の小さな釘を持ち、腕には茨の冠を通している。これらは、イエスが磔刑に処せられるまでの受難の途上で用いられた道具であり、幼子の運命を暗示する。金箔が施されたこれらの受難具は、見る者の信仰心を高め、かつ画面に装飾性をもたらす要素となっている。

静物にも注目

静物にも注目

豪華なクッションの上に置かれた書物は時禱書で、開かれたページには「イザヤ書」からの文句が記されている。奥のマヨリカ陶器の鉢には、サクランボ、プラム、イチジクなどが盛られ、それぞれキリスト教的な概念を暗示している。

美しきシモネッタの肖像

フィレンツェで一番の美女 《美しきシモネッタの肖像》

波打つ豊かな金髪が目を引く美しい女性が、窓を背景に、横向きに描かれている。後ろ髪は凝った髪型にまとめられ、頭部と首元には、宝石を連ねた飾りが光る。女性は、レースの施された桃色の衣服の上に、古代風のマントをまとっている。ボッティチェリは多くの肖像画を残しており、その数と質からも、当時人気の画家であったことがわかる。本作品は、日本にある唯一の貴重なボッティチェリ作品である。
描かれた美しい女性のモデルは、フィレンツェ一の美女と謳われたシモネッタ・ヴェスプッチとされる。1454年にジェノヴァの富商の娘として生まれたシモネッタは、1468年にフィレンツェにおいて、アメリカ大陸を発見したアメリゴ・ヴェスプッチの従兄弟にあたるマルコ・ヴェスプッチと結婚した。その美貌から、当時の芸術家や文学者、知識人たちの称讃の的となり、理想的な美の化身として絵画や詩に取り上げられた。
1480-85年頃 油彩、テンペラ、板 丸紅株式会社蔵
© Marubeni Corporation

芸術の女神

芸術の女神

広い額に理知的な瞳、筋の通った鼻、愛らしい口元をしたきわめて魅力的な横顔。シモネッタの美と優雅さは、メディチ家の人々をも魅了した。ジュリアーノ・デ・メディチは、1475年の馬上槍試合で見事に勝利し、シモネッタから冠をさずかった。この伝説的な情景と二人の清らかな愛、そしてシモネッタの美しさは、詩人ポリツィアーノの八行詩『スタンツェ』の題材となった。ボッティチェリもまた、彼女への憧れを原動力に《春》や《ヴィーナスの誕生》を描いたともいわれる。

横顔の肖像

ルネサンス初期には、貴婦人の横顔の肖像画は、その女性の結婚を記念するために描かれ、相手の家に贈られることもあった。本作品が描かれた15世紀後半には、正面観や4分の3面観の肖像形式が主流となり、横顔の肖像はすでに時代遅れのものとなっていた。ボッティチェリがここで伝統的な形式を採用したのは、女性の顔立ちの美しさを描き出すとともに、豪華な衣服や装飾品、華やかな髪型を効果的にアピールすることによって、彼女が花嫁にふさわしい、高貴な身分であることを示そうとしたのではないか。

複雑な髪型

女性は豊かな金髪を額の真ん中で分け、顔の両側に垂らしている。後ろ髪は青いボンネットにまとめ、その周りに編んだ髪と宝石を巻きつけている。さらに背中に沿って、腰まで届く編んだ髪を垂らしている。当時の習慣では、結婚した女性は髪を垂らしたままでいることが許されなかった。だがモデルとされるシモネッタは結婚していた。ボッティチェリは慣例に捉われない髪型を取り入れることによって、シモネッタに基づく美のイメージをより女性らしく、艶やかに描き出したのであろう。

衣服の襞、レース、アクセサリー

衣服の襞、レース、アクセサリー

衣服に細かく刻まれた襞(ルビ:ひだ)は、ボッティチェリがフィリッポ・リッピから学んだ特徴的な表現である。襞を寄せ、布地に立体感をつけることによって、衣服の軽やかさと女性らしさが強調されている。襟ぐりと袖には、繊細なレースが丁寧に施されている。首飾りの真珠は、ルネサンス期には花嫁の象徴とされ、ルビーは花嫁の健康と繁栄を、エメラルドは貞節、幸運などを表わすとされた。このように高価な宝石をあしらった首飾りは、女性の裕福な家柄を表わすとともに、反射や質感を描き出す画家の技量を示すモティーフともなっている。

ラーマ家の東方三博士の礼拝

メディチ家とボッティチェリ 《ラーマ家の東方三博士の礼拝》

ユダヤの王をさがして東方からやって来た三博士(マギ)たちは、黄金、乳香、没薬を携え、イエスの誕生を祝福した。ボッティチェリは生涯にわたりこの主題の絵画をいくつか手掛けたが、本作品はもっとも名高いものである。奥に向かって傾斜する地面に多数の人物が巧みに配され、ピラミッド型の構図の一番高いところに位置する聖母子に、見る者の視線は誘導される。
この作品は、両替商組合の仲買人であったガスパーレ・ディ・ザノービ・デル・ラーマという人物からの注文で制作され、もともとはフィレンツェのサンタ・マリア・ノヴェッラ聖堂に置かれていた。さまざまな顔の角度で描かれた群衆の何人かは、メディチ家の人々の肖像であるとされる。注文主ラーマは、メディチ家に寵愛された画家ボッティチェリに制作を依頼し、画中に時の権力者の肖像を描き込ませることで、彼自身のステイタスを示そうとしたのである。
1475-76年頃 テンペラ、板 フィレンツェ、ウフィツィ美術館蔵
Gabinetto Fotografico del Polo Museale Regionale della Toscana. Su concessione del MiBACT. Divieto di ulteriori riproduzioni o duplicazioni con qualsiasi mezzo

老年の博士

老年の博士

聖母子の前に跪く老年の博士は、15世紀前半にメディチ家の全盛時代を築いたコジモ・デ・メディチ(イル・ヴェッキオ)とされる。

ロレンツォか、ジュリアーノか

ロレンツォか、ジュリアーノか

剣を持ち、勇ましく胸を張る男性は、ピエロ・デ・メディチの長男ロレンツォ・イル・マニフィコか、次男のジュリアーノの肖像とされる。

注文主ラーマ

注文主ラーマ

画面の右側で自らを指さしている青い衣服の男性は、注文主であるラーマの肖像とされる。

壮年、青年の博士たち

壮年、青年の博士たち

赤いガウンの博士はコジモの長男ピエロ・デ・メディチ、その横の白衣の博士は次男ジョヴァンニ・デ・メディチとされる。

黒衣の男性

黒衣の男性

思慮深くうつむく黒髪の男性は、ピエロ・デ・メディチの長男ロレンツォ・イル・マニフィコか、次男のジュリアーノの肖像とされる。

画家の自画像

画家の自画像

ただ一人こちらに目を向ける男性は、ボッティチェリ自身とされる。 颯爽たるポーズと自信に満ちた表情に、画家の心意気があらわれている。